Tôi tên là Nam
私の名前は「ナム」です。
施術と販売担当責任者紹介
Xin chào !
「こんにちは」
施術担当者であり商品販売責任者であり、店長であり店主でありオーナーであり経営者の(笑)なむ佐藤と申します。日本人男性です。完全個人事業ですので、全ての業務を私が一人で担っております。
このサイト(ホームページ)も、私が100%自力だけで制作しました! 多くのサロンさんのホームページは、高額な依頼料を支払って業者に制作してもらっているパターンが多いのですが、当ホームページは業者の力は一切 借りていません! それ故に「自分の言葉だけで思いのままに」メッセージを書き綴っております。
※「なむ」はニックネームです。下の名前は非公開としております。
▲私は飲酒も喫煙も一切やりませんので「男性施術者にありがちな」お酒臭さとかタバコ臭さも感じさせません(^3^)
なむなむ履歴書⦅目次編⦆
開業物語
リラクゼーション業界にデビューする前の私は、まったく異なる食品業界に従事しておりました。食品以外にも、いろんな仕事を経験しております。
そんな仕事のストレス解消と心の隙間を埋めるために(主に中国系の)アジアン❀アロマトリートメントを受けに通うようになります。自分が癒してもらえた空間を、今度はお客様にご提供したくなり✿リラクゼーション業界にデビューしました。
自分自身の生い立ちによる経験を糧にしてメンタルケアのようなお店にしたい気持ちもありました。しかし私が志していきたい道は、カウンセラーのように「話をして悩みを聞き出す」のではなくて⦅スキンシップによる癒し効果⦆です。
✿開業したのは2016年の5月✿
業界デビューしてからは 10店舗ぐらいのサロンで実務経験を積んだり、あちこちのスクールや講座・研修に参加して、多くの講師・指導者に教わってきました。
一つ一つのサロンの勤務期間は短かったのですが、いつまでも一ヵ所に留まっているよりも多種多様な手技を覚える事ができましたし、それぞれのサロン・指導者の「いいとこ取り」をしながら自分なりにアレンジして独自のスタイルを築き上げることが出来ました。
マニュアル通りの指導しかされないサロン勤務では、自分も(セラピストとして)成長できない! 流れ作業のように進むサロン業務よりも、もっともっとお客様に寄り添いたい! そのような気持ちから、独立を果たしました。
Tôi có chứng chỉ
保有資格など
性別の壁
男性にはチャンスがないと思っていたエステティシャンへの道でしたが,見学してみたエステスクールには男性の生徒さんも在籍していて「近年は男性エステティシャンの需要が高まっている」と聞いて入学を決めたのです!
エステスクールを卒業してからも表参道の某リンパサロンで技術講習を受けたりして腕を磨きました。
表参道サロンで伝授されたリンパドレナージュと、中国式アロマトリートメント店での実務経験が、今の施術のベースになっています。
覚悟していた事とは言え、男性でエステ系の仕事をしていくってのは想像以上の”イバラの道”でした。まず、チャンスが与えられないのです。どこのサロンに勤務しても「整体とかならOKだけど、オイルマッサージは男性スタッフにはやらせない」方針を貫かれていて…キャリアさえも積めないのが一番 辛かったんです。特に日本式サロンはおカタイ雰囲気なので駄目でしたね。
唯一やらせてくれたのが中国式アロマトリートメント店だったのです。予想に反して、拒否せずに受けてくださった女性のお客様が多くて、高評価も数多く頂戴できました☆彡
\(^o^)/
行き詰っていた私を開花してくださったのが、そこの中国人女性オーナーだったのです! ようやくキャリアを積むことができて急速にレベルアップした私に、もう迷いはありません! 自分のお店一本で生きていくと誓いました!!
Sống sót cuộc đời
生い立ち・経歴
一言も言葉を発しなかった子供時代
- 小学校に入学してすぐに(オシッコを舐めさせられたり)陰湿なイジメを受けました。子供心に「こんなに辛いなら誰とも喋らないほうがいいや」と思うようになり、小学一年生の二学期から、学校では「一言も声を発さない」緘黙症(かんもくしょう)になってしまいました。でも家では話すので「場面」緘黙症と言います。
- 6年間 「あ」の一言さえも発することができないまま過ごします。学校での緘黙症は治ることはなく、中学生から家庭内で爆発してしまいます。学校ではいじめられっ子で自分の苦しみを家族にも話せなくてため込んできた感情が爆発してしまったのですが、それで家族も限界を察してくれて、中学一年生の二学期から不登校となりました。
- 不思議と(?)いじめてきたのは ほとんど男子生徒ばかりで、女子生徒からは、いじめられた記憶がありません。そのせいか現在でも男性と関わるのが苦手です。
バブルも家庭も崩壊
- 不登校してからは心を休めることができてきて「やっとこれで前向きに復帰できるかな」と思っていた矢先に不運が起きてしまいます。世の中は”バブル崩壊”真っ只中の時代。父が、数千万だか一億だか!? 多額の借金を背負ってしまったのです。ただでさえ対人恐怖症で不登校になり引きこもっていた私の居所にも借金取りの男達は容赦なく押しかけてきます。
- 母もパニックになるし、まだ中学生の年齢だった私の心の病は急激に重症化してしまい、家庭内はメチャクチャ。完全な家庭崩壊状態となってしまいました。
- 私の病というのが主に{強迫性障害}だったのですが、私の症状がこれまた特異なもので、{一日中トイレから一歩も出ないで過ごす}だの{手足をヒモで縛って一日過ごす}だの{目と口をテープで塞いで一日過ごす}だの、奇怪な行動が止められなくなってしまいました。今になって思えば「あれは何だったのだろうか」と不思議ですが…
芸能事務所の社長!?
- もともと家庭にはほぼ不在だった父ですが、その借金事件で、よりによって母方の両親の財産まで全て奪い取っていく結果になり離婚。55歳で早死にしています。私自身は中学生以降で父に会ったのは1回だけでした。
- 石原裕次郎風の昭和感たっぷりな貫禄ある父で、私と似て起業するのが好きな人でした。生前は、芸能事務所?の社長のような事業を手掛けていたようです。借金まみれになりながらも、その新しい事業を始動させたばかりの時期に亡くなってしまったようです。
- 父の遺品を見てみると、その事務所の企画書が沢山出てきたのですが、それを見ると、私がモデルさん達を撮影したりするのが好きなのは父の血筋なのかなー と感じてしまいます。
孤独と凍傷
- 対人恐怖の私が唯一 会えていた人は母だけ(弟と妹とは疎遠に)だったのですが、その母がパニックになり、毎日 母との喧嘩は絶えず。他に話す人もいなかった私は、母からも距離を取るしかなくなり、それからの数年間は 外に一歩も出られない,誰一人にも会えないし話せない,テレビも見れない,ラジオも聞けない,本物の人間が写っている写真さえも見れない といった100%孤独な生活を強いられてしまいます。もちろんスマホなんて存在していない時代でしたが、あったとしても使えなかったでしょう。
- 私の{心の病}もさらに悪化してしまい、その症状の一つが潔癖症。トイレに一回(小でも大でも)入るたびに全身をシャワーで洗わないと気が済まなかったのですが、追い打ちをかけたのが、借金の影響でガスも止められていたこと。真冬でも一日で5回ぐらい冷水シャワーを全身に浴び続けて、冷水で手を何十分も洗い続けて…手は腐ったような状態になっていました。今になって思えば危険な凍傷ですね。
- それでも外に出れず人にも会えない生活ですから、病院にも行けません。当然、精神科にも通えません。虫歯が死ぬほど痛かった時もありましたが、治療にも行けません。薬にも頼れません。ただただ耐えるしかない日々。
自殺未遂と生き甲斐
- 冷水で冷え切った体… ボロボロに破けた衣類を着て…(キレイな服なんて持っていませんでしたから) 粗末な暖房器具しか使えない中で、ただただ独り孤独で何も無い生活の中で、寒さに震えながら泣くしかない日々が続きます。
- 一番苦しかったのが17歳。包丁で首を切ろうとしたり、ありとあらゆる自殺を考えました。餓死しようと試した時もありましたが(中略)生きる道を決めて思いとどまりました。
- 会えないながらもこっそり食べ物を差し入れてくれた家族に生かされたのでしょう。これだけ何も無い生活の中では、そのわずかな差し入れだけが「生きている」実感を感じた唯一の楽しみでした。そんな経緯により 食 へのこだわりが強くなったのです。私が食品業界に強い関心を寄せるようになった一番の要因です。
- 「いつか必ず良くなる」…その希望だけで自分を奮い立たせて生きていきました。
❀奇跡が起きた人生最高の瞬間❀
7~8年振りに吸う外の空気
- 19歳になる直前に、数年振りに家族に会えるようになりました。実物の人間と対面すること自体が数年振りだったのです!
- さらに、7~8年振りに家から出て、外の大地を踏みました! 自分の靴さえも持っていなかったので裸足で(笑)飛び出してしまったのですが、7~8年振りに吸った外の空気の心地良さは、今でも忘れません。
- あれから20~30年が経ちましたが、現在でも、あれ以上の感激な瞬間はありませんでした。間違いなく、私の人生で生涯一番の出来事になるでしょう。
- 最初は母の車に乗せてもらいながら少しずつ外の世界へ出て行けるようになってきて、ようやく歯医者さんに治療をしてもらえて、カウンセラーさんにお世話になる事もできるようになってきたのでした。20代半ばより社会進出を果たします。一般的な見方からすれば かなりの遅咲きでしょうけど、あれほどの重症だった状態から考えれば””奇跡的な回復””だったと思っています!
Chị mệt thì nghỉ một chút đi.
「疲れたら、少し休みなさいよ」
皆様にお伝えしたいこと
長文になりましたが、結局 何が言いたかったのかと言いますと
世の中の多くの悩み苦しみ心を病む人達へー
ストレスこそはありとあらゆる不調の原因となり!
凍傷など地獄の冬の体験と、加えてリンパの世界でも「冷えは大敵」と諭されているように…「女性の冷え」に徹底的に特化したくなったこと!
過剰なまでの健康情報・ダイエット情報に溢れている現代社会だからこそ「食べて冷え改善」の道へ促してあげたい…
若かりし頃の自分の経験から学んだ想いで現在のお店を営業しております!
と、お伝えしたかったのでした。
男性でありながら163㎝ 45㎏程度で女性並に小柄であり、トシの割りには童顔な私… その分、お客様と同じ目線でお話できる事とか「威圧感を与えない」とか、仕事上はメリットもあると思っています。
こんなチビな私なので(笑)男性セラピストでも怖がらずに来てくださいな(≧∇≦)
とは言え、やはりそこは男性なので、圧加減は自信ありますよ~(^ ^)ノ
「すごく若く見えるから苦労してないの?」なんて言われた事もありました。童顔なのは 生まれつき なんですけどね(^_^;
Bạn hãy yêu bản thân mình.
「自分自身を愛して…」
リストカット痕も気にしないで…
精神疾患者の多くは心は「マトモ」なんです。
当店でも、たまにリストカットされた傷痕が見られるお客様がいらっしゃいます。ハンドマッサージの際に見えるから です。そのような痕が見えましても、私のほうからは何も言いませんので安心してお越しくださいな(^ ^)
社会から偏見が消えますように…
- 書き綴りました生い立ちの話は、ほんの一部です。全て書こうとすればキリがありませんから 笑
- このような話は中途半端に話そうとすれば誤解や偏見が生まれる場合もありますし、あえて大雑把にまとめた場面も多々あります。ですので「何も知らないクセに」誹謗・中傷はご遠慮ください。
- 社会に進出してからも色んな事ありましたが、10代までの経験と比べるとちっぽけに思えて、わざわざ書き綴る気になれません。どんな仕事よりも百億倍は辛く苦しく地獄だった10代の思春期でした!
- 近年は「ニート」という言葉も生まれて、妙に軽々しく使われている便利な(?)用語のように広まっている雰囲気がありますよね。ただ、一言で「ニート」だの「引きこもり」と表現される人達にも様々な人が存在している事実を知ってほしいんです。
- 「仕事もしないでラクしてる」…そんな偏見もありますよね。ところが、私のように「社会より百億倍は辛かった」状態の人も居るっていう現実を! 私だけじゃない! いっぱい大勢いらっしゃるはずです!